大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和51年(レ)16号 判決

控訴人 水戸信用金庫

右代表者代表理事 田沢重男

右訴訟代理人弁護士 関藤次

同 黒沢克

被控訴人 山元弥助

右訴訟代理人弁護士 倉本英雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張及び証拠

次に付加変更するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  被控訴代理人の主張

1  原判決二丁表五行目から同六行目「省略して、」までの主張を、「(三)右戸崎は、訴外山口真弘に対し、昭和四一年一二月二四日、売主である右清水の承諾のもとに、代金四〇〇万円で本件土地の売買契約上の買主たる地位を譲渡し、」と変更する。

2  原判決二丁表九行目から同一〇行目「取得し、」までを「(四)被控訴人は、昭和四二年一一月一六日、売主たる右清水の承諾のもとに、右山口から、同人の一〇二〇万五〇〇〇円の債務に対する代物弁済により、本件土地の売買契約上の買主たる地位を譲受け、」と付加変更する。

二  控訴代理人の主張

1  当審における前記被控訴人の主張の変更は、自白の撤回にあたり、控訴人は、右自白の撤回に異議がある。更に、被控訴人が事実上の転売事件につき、契約上の地位の譲渡と法的構成を変えたのは、農地の商品化を防止するためその移転を統制する農地法の目的を潜脱しようとするものであって、右主張の変更は許されないものである。

2  被控訴代理人の変更後の主張事実(山口の被控訴人に対する債務の存在を含む)は否認する。訴外戸崎と訴外山口との間の契約は、農地法第三条の許可を条件とする本件土地所有権の売買であり、右山口と被控訴人との契約は代物弁済による右条件付土地所有権の移転である。つまり、右戸崎、山口、被控訴人の三者に「本件土地の買主たる契約上の地位」の移転という意識があったとは解せられないのみならず、売主である清水に本件農地の売買につき、一般の宅地等の売買と区別して考えていたふしは全くなく、契約上の地位の譲渡の如き難解な概念に思い及ばなかったのであって、買主たる契約上の地位が他に譲渡される場合に備えて予め同意を与えておくとか、譲渡される時点において承諾を与えるということは全くなかったというべきであるから、契約上の地位の譲渡及びその承諾と解する余地はないからである。

3  訴外清水徳次から訴外戸崎孝男へ、右戸崎から訴外山口真弘へ、右山口から被控訴人への、本件土地に関する各条件付所有権移転行為は、いずれも都道府県知事の許可を受けずしてなされたものであるから右山口の取得した仮登記(以下「本件仮登記」という)及び右山口から被控訴人への本件仮登記についての権利移転の付記登記は、無効の原因に基づく無効の登記である。

4  仮に、右主張が認められないとしても、本件仮登記の条件は今だ成就していない。

つまり、右山口の取得した本件仮登記は、「農地法第三条の許可を条件とする停止条件付所有権移転仮登記」であるが、被控訴人の得た許可は同法第五条に基づくものである。

しかるに、同法第三条の許可は農地を農地として権利の設定、移転をする場合になされるものであり、同法第五条の許可は農地を農地以外のものにするために権利の設定、移転をする場合になされるものであって、農地の確保を本来の使命とする農地法の立場からすれば両者には根本的な差異があるから同法第五条の許可をもって同法第三条の許可に代用することはできない。

又、本件仮登記には、農地法第三条の許可を条件とする旨の記載があるので、控訴人としては当時の仮登記権利者である右山口に農地取得の資格がないものと考えて、次順位ではあるが、訴外戸崎孝男に融資をしたうえ本件土地の根抵当権を取得したものであり、その後本件土地を農地以外の用に供するために同法第五条の許可を受けたことによって右仮登記の条件が成就したとすることは、後順位権利者である控訴人の右信頼を害し同人に不測の損害を与えるものであって取引の安全を害するから、次順位の抵当権者である控訴人の同意なくして同法第五条の許可をもって同法第三条の許可に代用することは許されない。

従って、本件仮登記の条件は今だ成就していないものと言わざるを得ないから、被控訴人において新たな順位の所有権移転登記手続をなすは格別、前記附記登記の前提である本件仮登記に基づく本登記手続をなすことは許されない。

理由

一  本件土地はもと訴外清水徳次の所有する農地であったこと、右清水は農地法第三条の許可を条件として本件土地を訴外戸崎孝男に売渡したことは当事者間に争いがない。

そこで、控訴代理人は、右清水と右戸崎間の本件土地についての売買契約は知事の許可を得ずしてなされたものであるから無効であると主張するが、右契約は、知事の許可を停止条件として農地の所有権を移転すべき旨を約したものであって単なる債権契約にすぎず、これにより直ちに農地の所有権移転の効果を生じさせようとするものではない。従って、右契約をもって農地法の目的である耕作者の地位の安定と農業生産力の向上を阻害するものと言うことはできず、右売買契約は、債権契約として有効である。

二  控訴代理人は、被控訴代理人が、当審において、本件土地について訴外戸崎と訴外山口との間及び右山口と被控訴人との間に順次条件付所有権の移転がなされた旨の主張を、売買契約上の買主たる地位の譲渡の主張に変更したことをもって自白の撤回にあたると主張するが、右は請求原因事実の一部を変更したものにすぎず、自白の撤回をもって目すべきものではないから控訴代理人の右主張は採用しえない。更に、右主張の変更は前記主張事実の一部変更に伴なう法律的主張の変更と認めることができ、これを以て農地法の潜脱目的を有すると解しなければならないような特段の事情を認めるに足る証拠はない。

三  訴外清水から訴外山口に対し、水戸地方法務局昭和四一年一二月二六日受付第三七一六九号をもって、農地法第三条による知事の許可を停止条件として所有権移転仮登記がなされたこと、被控訴人が同四二年一一月一七日、右仮登記につき権利移転の付記登記を経由したことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで右争いのない事実並びに《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

昭和四一年ころ訴外清水徳次が本件土地を売却することにして不動産業を営んでいる訴外戸崎孝男の従業員である訴外佐藤進にその売却方を委任し、本件土地の権利移転に必要な書類一切を預けたところ、右佐藤は、右戸崎に本件土地を代金三〇〇万円で売渡し、そのころ右清水は右代金を受領した。同年七月ころ、訴外山口真弘は、右戸崎から本件土地を代金四〇〇万円で買い受け、右代金を同人に支払い、同年一二月二六日本件仮登記手続がなされた。

その後、右戸崎が、本件土地の登記済権利証等の書類を所持していたことから右土地を担保に控訴人から金二〇〇万円を借り、本件土地に水戸地方法務局昭和四二年二月一六日受付第四六三六号をもって、債務者を戸崎孝男とし、元本極度額を金二〇〇万円とする根抵当権設定登記手続をした。右山口は、被控訴人に対し昭和四二年八月末金七〇〇万円位の債務があったため、本件土地を担保の目的で同人に提供することとし、右戸崎から受領した本件仮登記に関する書類及び白紙委任状を被控訴人に交付した。被控訴人は、本件土地につき、右書類で同年一一月一七日前記付記登記を経由し、昭和四五年三月ころ右貸金債権及びその後に取得した右山口に対する債権二七一万二〇〇〇円の代物弁済として本件土地の提供を受けることにし、右山口はその旨の証書(甲第七号証)に同意の署名押印をした。

さらに、茨城県知事は昭和四五年九月一六日、訴外清水と被控訴人との間における本件土地所有権移転について、右両名の共同申請にもとづき同法第五条の許可をなした。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

四  そこで右戸崎と訴外山口との間の契約及び右山口と被控訴人との間の契約が、被控訴代理人主張の売買契約上の地位の譲渡であるか否か検討する。

ところで、農地法第三条若しくは第五条所定の許可を条件として農地所有権を買い受けた者がこれを第三者に転売した場合売主と右第三者との間に知事の許可がなされたとしても、売主と第三者との間には直接の売買契約が存しないのであるから、右農地の所有権は第三者に移転しないが、買主が売買契約上の買主たる地位を第三者に譲渡した場合には売主と第三者との間に知事の許可がなされれば、右両者は売買契約の直接当事者であるから、右第三者が農地の所有権を取得するものと解するのが相当である。右のように解しても、知事の許可がなければ農地所有権は第三者に移転しないのであるから、農地法の目的に反するとはいえない。

一般に契約当事者は、特段の事情がない限り、効力が生じ得ないことを目的とする合意をする意思はないと解すべきであるから、知事の許可を停止条件とする農地所有権移転の合意が存することを前提としてさらに買主と第三者との間に右農地所有権の移転を目的とする契約が締結され元の売主が右権利の移転を承諾し、何らの不利益を被らない場合には当事者間に法律上契約上の地位の譲渡という明確な意識はなくとも農地自体の転売ではなく買主たる地位の移転であると解するのが相当である。

《証拠省略》によれば、本件土地の売主たる清水は、売買代金三〇〇万円全額を右戸崎から受領しており、本件仮登記及び農地法第五条の許可申請につきいずれも同意し、何らの不利益がないことが認められるから右戸崎と右山口との間の契約は、本件土地の売買契約上の地位の移転を内容とするものと推認でき、更に、右清水は、右買主たる地位の移転を承諾したものと認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

次に、右山口と被控訴人との間で締結された契約について判断する。

原審における証人山口真弘(第一、二回)の証言により真正に成立したと認められる甲第七号証(訴外山口と被控訴人との間でとりかわされた本件土地に関する代物弁済証書)には「私所有の不動産を代物弁済として貴殿へ提供します。」と記載されており、さらに原審における被控訴人本人(第一、二回)の供述では、被控訴人は右山口より本件土地を買い受けた旨述べているところ、《証拠省略》によると、被控訴人が譲受人となり、訴外清水徳次が譲渡人となって、本件土地所有権移転についての許可を茨城県知事に申請した事実が認められ、右事実によれば、被控訴人は、県知事の許可がなされたならば本件土地の所有権を取得しようとする意思があったことが認められる。

更に、訴外清水徳次は、原審における尋問において本件土地がだれの所有となっても異議はない旨述べていること及び農地法第五条の許可申請につき協力していることが認められる。以上の事実を総合すれば、山口と被控訴人との間の契約は前記戸崎と山口との間の契約同様、買主たる地位の譲渡を内容とする契約と推認することができ、しかも右清水は、訴外山口と被控訴人との間でなされた買主たる地位の譲渡を承諾したものと認めることができる。以上右認定に反する証拠はない。

以上のとおり本件土地に関する訴外戸崎の買主たる地位は、右戸崎から訴外山口へ、さらに右山口から被控訴人へそれぞれ譲渡され、右各譲渡につき売主たる訴外清水の承諾がなされているということができる。

五  控訴代理人は、本件土地に関する訴外清水と訴外戸崎との間の売買は、同法第三条の許可を停止条件としたものであるから、同法第五条の許可がなされたとしても、右売買の条件は今だ成就していないと主張するので、その点につき判断する。

そもそも農地の所有権移転を目的とする法律行為は、都道府県知事の許可を受けない以上法律上の効力を生じないものであるから、農地の売買契約を締結した当事者が知事の許可を得ることを条件としたとしても、それは法律上当然必要なことを約定したに止まり、売買契約に民法上のいわゆる停止条件を附したものということはできない。

更に、農地法第五条は、同法第三条に比し、宅地転用目的を付する点で異なるがともに農地の権利変動を生じさせることについては何らの差異はない。

従ってたとえ同法第三条の許可がなされることを条件とする合意がなされても、それが特に同法第五条の許可がなされたのでは、所有権移転の効力を生じさせない旨の合意を含むものでない限りは、右第五条の許可がなされれば所有権移転の効力が生じると解すべきである。

そこで本件につき、この点を検討する。

甲第一号証(本件土地の登記簿謄本)には、本件仮登記の条件は同法第三条の許可である旨の記載があるが、《証拠省略》によれば、本件土地の売主である訴外清水は、茨城県知事に対し同法第五条の許可を申請し右許可がなされた事実を認めることができ、《証拠省略》によれば、本件土地に関する訴外清水と訴外戸崎の売買の際、右清水及び戸崎は、当初同法第四条の許可を得て宅地化してから本件土地を右戸崎に売り渡せばよいと考えていた事実を認めることができる。右事実を総合すれば、訴外清水及び訴外戸崎は、同法第三条の許可があるときに限って本件土地の所有権を移転させる意思を有していたわけではなく、売買によって本件土地の所有権移転の効果を生じさせるためには同法の規制を免れえないが故に、同法の許可を本件土地売買の条件としたもの、すなわち、同法第三条でも第四条でも、第五条でもいずれによるもとにかく同法の許可を得て本件土地の所有権を移転させる旨の意思を有していたものと推認することができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

六  控訴人が本件土地につき、水戸地方法務局昭和四二年二月一六日受付第四六三六号をもって、債務者を戸崎孝男とし、元本極度額を金二〇〇万円とする根抵当権設定登記をなしていること及び本件仮登記は、右根抵当権設定登記に先立つ昭和四一年一二月二六日になされていることはいずれも当事者間に争いがない。

しかし、控訴代理人は、同法第三条の許可を条件とした仮登記がなされているにもかかわらず、同法第五条の許可をもって条件が成就したとすることは後順位権利者の信頼を害し、同人に不測の損害を与えると主張するので更に判断を加える。一般に自己に優先する仮登記がなされている物件について、そのことを知りながら、根抵当権の設定を受けた後順位権利者としては、将来右仮登記に基づく本登記がなされれば自己の根抵当権が右本登記に劣後するであろうことは当然予想すべきところである。控訴代理人は、控訴人が根抵当権の設定を受ける際、仮登記権利者である訴外山口に農地取得の資格がないので同法第三条の許可がなされて条件が成就することはないと考えたと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠がないばかりか、たとえ控訴人が、根抵当権設定当時、仮登記権利者である右山口に農地取得の資格がないと判断したとしても、右判断は必ずしも許可権者の判断と一致するとは限らず、その上、根抵当権設定当時の仮登記権利者が、農地取得の資格を有する第三者に対し、買主たる地位を譲渡し、売主と第三者との間において同法第三条による知事の許可がなされれば右農地の所有権は第三者に帰属することは前記四に判示したとおりであるから、右に述べたような控訴人の信頼は法律上の保護に値する正当なものとは言えないことは明らかであって、右控訴代理人の主張は失当というべきである。

従って、本件仮登記に付された条件である同法第三条の許可とは異なり同法第五条の許可がなされていても右理由により、右条件は成就したものと言うべきである。

七  以上のとおりであるから、右根抵当権設定登記が無効であるか否かにつき判断するまでもなく、控訴人は、被控訴人が本件仮登記に基づき所有権移転の本登記手続をするにあたり、その承諾をすべき義務を負うものということができる。なお、《証拠省略》によれば、右山口が右根抵当権設定後前記戸崎に対し、控訴人の右根抵当権設定登記が本件仮登記に優先する旨約したことが認められるが、被控訴人に対し、右約定を主張、対抗することができないとはいうまでもない。

八  よって結局被控訴人の本訴請求は正当であってこれを認容した原判決は相当であり本件控訴は理由がないので、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却することにし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村宏一 裁判官 下澤悦夫 安井省三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例